LSPD:First Response まとめサイト - パトカーと言えばセダン?SUVです


皆さんはパトカーというと、どんな形の車を思い浮かべるだろうか?。
多分セダンを思い浮かべる人が多いだろう。
日本では国費導入(警察庁調達)のトヨタ・クラウンやスバル・レガシィが全国に配備されており、
アメリカでもフォード・クラウンビクトリア・ポリスインターセプター(CVPI)を多くの警察機関が多用してきた。
4人程度が乗車できることから被疑者の輸送に使用することができ、独立したトランクを持ち積載性も良く、操縦性能や動力性能でも有利。
セダンは警察が使用する自動車としては、長らく最適解の地位を占めていた。

しかし今日のアメリカの警察においては、セダンは必ずしも最適解ではなくなってきた。
では今は何が最適解なのか?それはSUVなのである。

目次

販売の動向

高まるSUVの占有率

現代アメリカ警察にとっての最適解がSUVであると論ずる一つの根拠は、パトカー市場においてSUVの市場占有率や販売台数が大きくなっていること。
アメリカのクライスラーファンのサイトallpar.comの記事 "Charger Pursuit leads shrinking market" から引用してお話しよう。
この記事は2015年上半期の販売データを引用し、パトカー市場におけるセダンの占有率が低下する中で、セダンであるダッジ・チャージャーの占有率が高まっているという趣旨のもの。
以下に同記事の内容及びデータから読み取れるものを列挙する。

  • フォードはCVPIの販売終了以降は占有率が縮小し、記事執筆時点で61%にまで占有率が低下している。ダッジは17%、シボレーは22%である。
  • 2015年上半期のパトカー市場におけるモデル別占有率は次の通り
    • SUV(60%):フォード・ポリスインターセプター・ユーティリティ(FPIU,44%)、シボレー・タホ(16%)
    • セダン(40%):フォード・ポリスインターセプター・セダン(FPIS,17%)、ダッジ・チャージャー・パースート(17%)、シボレー・インパラ(4%)、シボレー・カプリス(2%)

ブランド・メーカー別で見るとやはりフォードは強いが以前ほどではない。
それでも市場では優位にあるわけだが、これを支えているのはエクスプローラーがベースのFPIUというわけだ。
営業や販売という側面から見ると、CVPIの後継者とも言うべき地位を占めるのは、セダンではなくSUVのFPIUなのである。
左からフォード・ポリスインターセプター・ユーティリティ、シボレー・タホ、ダッジ・チャージャー。FPIUとタホで市場の60%を占める。セダンが少数派に転じる一方で、ダッジ・チャージャーは占有率を高める結果となった。

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FPISとFPIUの販売推移

上記は2015年上半期のデータだが、その前後の販売台数も見てみよう。
こちらについてはフォードのファンサイトであるFord Authorityの記事 "Ford Police Vehicle Sales Numbers" からFPIUとFPISの販売統計を引用する。
フォードの二車種に限定した数字ではあるが、市場の動向を考察することはできるだろう。

セダンユーティリティ合計
2014年10,23420,65530,889
2015年9,76524,94234,707
2016年9,47232,21341,685

フォードの販売台数は年々伸びているのだが、両モデル共に増加しているわけではない。
2014年と2016年との比較では、FPIUの販売台数は約60%増加しているのに対し、FPISは約8%減少している。
パトカー市場全体の動向(=警察の調達方針)としては、SUV中心に移行しているのは間違いないだろう。

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SUVパトカーの性能

SUVがセダンに取って代わり、パトカーの主役になってきたのは分かった。
ではSUVパトカーの性能とはどうなのだろうか?。
傍目には車高が高く、あまり操縦性が良いようには見えない。
時に高速で追跡するパトカーに向いているという印象はないのだが。
これを考察する上で参考になるのは、ミシガン州警察(MSP)の警察用車両の評価試験だ。

Police Vehicle Test Results - Michigan State Police

MSPは、警察向けとして販売されている自動車やオートバイの性能評価試験を毎年実施しており、試験結果はネットを通じて公表されている*1
素人の、しかも外国人がアメリカの警察車両を定量的に評価するのは不可能なので、あちらのプロが行った評価を見るのが一番簡単であろう。

2017年モデル評価試験結果

それでは各社2017年モデルの評価試験を見てみよう。
試験項目は多岐に渡るが、ここではラップタイム計測のデータを引用する。
このテストは4人のテストドライバーがGrattan Racewayの1周2マイルのコースを各車で5周し、その平均ラップタイムを計測するもの。
コースは起伏やS字コーナーが備わっており、様々な地形や道路を走破しなければならない警察車両を評価する上で、うってつけのものと言えるだろう。
その結果は以下の通りである。

順位車種総合平均ラップタイム
1FPIS
3.5L V6ターボ AWD
1:35:34
2ダッジ・チャージャー
5.7L V8 AWD
最終減速比3.08
1:36:53
3ダッジ・チャージャー
5.7L V8 RWD
最終減速比2.62
1:37:12
4シボレー・カプリス
6.0L V8 RWD
1:37:58
5FPIS
3.7L V6 AWD
1:38:01
6ダッジ・チャージャー
3.6L V6 RWD
最終減速比2.62
1:38:27
7FPIU
3.5L V6 ターボ AWD
1:38:53
8FPIS
3.5L V6 FWD
1:38:82
9シボレー・タホ
5.3L V8 RWD
1:39:75
10シボレー・カプリス
3.6L V6 RWD
1:39:76
11シボレー・タホ
5.3L V8 AWD
1:40:60
12FPIU
3.7L V6 AWD
1:40:93
13FPIS
2.0L 直4ターボ FWD
1:43:05

やはり絶対的な性能ではセダンに一日の長がある。
例えばFPISとFPIUを比べると、3.5Lターボ+AWDという共通の仕様で約3秒の差が付いている。
FPISは3.7LのNAでもFPIUターボと同程度のタイムを出しており、SUVはより強力なエンジンを搭載してセダンと同程度の性能になる具合だ。
もちろんこれらはパトカーであってレーシングカーではなく、このタイム差は絶対的な性能ではない。
3.7L AWDを搭載するFPISとFPIUとのタイム差は3秒弱であり、実際の追跡では複数台が集中投入されることから言っても、SUVが絶対的に不利にはならない。
またそうだからこそ、SUVの「ユーティリティ」の部分の利便性が高く評価され、先述のような販売に繋がっていると言える。

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2010年モデル試験との比較

さらにこれを過去のデータと付き合わせてみると、今日のSUVが高く評価される理由が良く分かる。
上記の結果と、2010年に行われた同じ試験との結果を比較してみよう。

モデル年フォード・CVPIシボレー・インパラシボレー・タホ
5.3L RWD
FPIU
3.7L AWD
FPIU
3.5Lターボ AWD
20101:41:011:43:141:42:68--
2017--1:39:751:40:931:38:53

御覧の通りで、現在のSUVはかつてのセダンよりも速い。
タホRWDは両方でテストに掛けられているが、3秒近くタイムを縮めている。
この間にモデルチェンジがあったのだが、それによって性能が向上したわけだ。
コースの形状からして所謂「直線番長」なのではなく、高速走行時のタイヤの路面追従性が改善され、もって操縦性も良くなっていると見るべきだろう。
また2010年モデルのテストに掛けられた4車種・8グレードのうち、1分30秒台に入ったのはダッジ・チャージャーV8 RWDの1:36:90だけであった。
それに対し2017年モデルのテストでは5車種10グレードが1分30秒台で周回しており、その中には2車種・2グレードのSUVも含まれている。
性能面で見ると、現在のSUVは決して遅い車ではない。

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コスト

警察車両を運用する上ではコストも重要である。
調達価格は幾らか、燃費はどの程度なのか・・・。

価格

autoblogの販売車検索を使用し、これまで述べてきた車種を高年式・低走行距離(≒新車)で検索すると、概ね以下のような傾向が言える。

  • 直6NAエンジン搭載車は3万ドル強
  • V8又は直6ターボ搭載の高性能グレードは4万ドル弱
  • シボレー・タホは4万8000〜5万ドル程度

つまりセダンかSUVかというより、搭載されるエンジンで概ねの価格帯が決まる。
タホは他より高いものの、これはSUVだからというより、タホが元々そういう車だからだろう。
上記を論じる上で唯一当てはまらないと言うか、調べるのが難しいのがシボレー・カプリス。
autoblog掲載車の中で2016〜2017年式が見つからず、見た中で一番新しいのは2015年式のV6で走行距離が13,873マイル、価格が$23,590というもの。
GM車のファンサイトであるGM Authorityによると、カプリスは2013年には3899台を販売したものの、2016年には1/3以下の1021台にまで販売が落ち込んでいる*2
そもそも売れてないから入荷も少なく、現物販売が多いアメリカの自動車販売店で取り扱われていないのが実情のようだ。
2年落ちで走行距離も少なめということを考えれば、新車だと他の車と同じように3万ドル前後と推定できるので、恐らく先述の傾向に当てはまると思うのだが。
それよりも1975年式・低走行距離のカプリス・コンバーチブルが、$38,888という高値で売られていたのが気になる。
かなり状態が良さそうだったので、好事家が持っていたものなのかも知れない。
油圧シリンダーで飛び跳ねる車になる前に、誰か愛好家に買われて欲しい。

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燃費

燃費はどうだろうか。
MSPの評価資料に掲載されているEPA燃費データのうち、複合燃費(市街地と高速の平均)を見ると以下のような傾向になっている。

  • 17mpg:FPIU
  • 18mpg:V8エンジン搭載の全車、FPISのAWD車
  • 20mpg:FPISの3.5L V6 FWD、ダッジ・チャージャーの3.6L V6 RWD
  • 21mpg:シボレー・カプリスの3.6L V6 RWD
  • 22mpg:FPISの直4 FWD

FPIUが17mpgと意外に燃費が悪く、V8エンジンを搭載したタホよりも1mpg劣る。
FPISもAWD車は他社のV8エンジン搭載車と同程度となっており、燃費の面では見劣りがする。
AWDは全ての車輪を駆動するため歯車機構の摩擦が大きくなり、燃費で不利になりやすいのは当然だ。
ただV8エンジンとAWDを組み合わせたチャージャーやタホも18mpgなのを考えると、FPISとFPIUの燃費は劣るように思える。
大排気量V8エンジン搭載車は常用回転数を低くする事が可能で、それによりチャージャーやタホは燃費の面で有利なのかも知れないが。
もしかしたらフォードが採用しているAWDシステムが、GMやクライスラーのものより伝達効率が悪い(機械的エネルギー損失が大きい)のではないか?という疑問も沸いた。

一方で20mpg以上になるのは全てセダンの2WD。
2WDで歯車の摩擦が小さく、車高が低いので空気抵抗も小さい。
燃費の面ではこういった車が有利なのは必然だろう。

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まとめ

これらをまとめて考えてみよう。
現在市場で優位なFPIUは、性能面ではセダンに大きく劣るところはなく、価格もこなれている。
燃費が悪いのは気にはなるが、利便性の面ではセダンを上回り、またシボレー・タホより安い。
様々な任務に対応できる汎用性を持つ事から、現在主流の車種となっているのは頷ける。
シボレー・タホも以前と比べて走行性能が改善されており、燃費も他と比較して悪くはなく、大きな車体で利便性は高い。
価格も高いのでそれほど沢山の数はでないものの、警察での運用においては欠くことのできない車だろう。
これらの車が新車販売の主流になったのは、やはりそうなるだけの「買っておけば間違いはない」ものがあったのだ。

一方で新車市場において亜流となったセダンだが、それでもまだ4割程度の需要はセダンに向かっている。
こなれたコストと高い走行性能は健在ではあるが、SUVの走行性能が上がった事で、相対的な汎用性が低さが目立つようになった。
それでも差が無くなったわけではないので、運用の中心からは外れつつあるものの、排除されるまでには至ってないということだろう。

今後はさらにSUV化が進んでいくかも知れない。
カリフォルニア・ハイウェイパトロール(CHP)は5年前からCVPIをFPIUへ置き換える計画を進めてきた*3
現在は580台のダッジ・チャージャーの導入を進めていることから*4、今後もSUV化が続くのかセダン回帰があるのかは分からない部分もある。
ただ高性能なSUVはセダンの代替と成り得ることが証明されたのは確かだ。

一方でニューヨーク市警察(NYPD)はパトカーの防弾化を進めており*5、2017年1月に記者に公開された車両はFPIUを防弾化した車両だった。
このプログラムは2014年12月に発生した警察官射殺事件を受け始まったもので*6、パトカーの運転席窓に防弾ガラスを仕込むなど、従来よりも防弾性能を高めるためのもの。
ビッグ3が供給するパトカーはドア内側に防弾パネルを装着できるオプションが元々あるのだが、ニューヨーク市とNYPDはそれよりもさらに高い防弾性能を求めている。
2014年の事件は射殺された警察官にとっては完全な不意打ちであり、現在のパトカーではそういった攻撃に耐えられないのが理由だ。
この防弾化プログラムを進めていくにあたっては「車両はSUVに限る」と言われているわけでは無いし、またセダンを排除するならプログラムは上手く行かないだろう。
NYPDは多数のセダンをフリートに抱えており、それらは所轄署やハイウェイパトロールなど各部隊に配備されているからだ。
先の発表でFPIUがモデルとして示されたからと言って、それが即フリートのSUV化を意味しているというわけではない。
ただFPIUは最近新設された広域対応局(Citywide Operations Bureau)所属の執行隊である戦略対応部隊(Strategic Response Group)にも多くが配備されている事から、
FPIUのようなSUVがNYPDの運用においてより重要になっていくだろうと思われる。

CHPやNYPDは大きな組織だが、アメリカに数多あるもっと小さい組織を考えてみたい。
警察官は多くて数百人、数十人や数人ということも多い、小さな警察本部や保安官事務所の場合だ。
これらの組織の予算規模はCHPやNYPDより遥かに小さく、それほど大規模な車両調達や更新ができるわけではない。
必ずしも新車を買うとは限らず、サイレンや警光灯や無線機が外された中古のパトカーを購入し、再びパトカーとして使う事もある。
彼らの立場でものを見た時、色々な任務で使えるSUVは魅力的だろうと思う。
従来ならセダンとSUVで運用を分けていたところを、SUVに統一すれば随分と融通が効く。
パトロールだろうが刑事だろうが特殊部隊だろうが、ともかく何にでも使えて性能は十分。
さらに現在の新車市場がSUV優勢ということは、数年後にそれらが放出される時もSUVの割合が高いということ。
予算の都合で中古のパトカーを買うとなった時、市場にはかつてのCVPIのようにSUVが多くあるのだ。
なにか差し障りがない限り、「これを買っておけば間違いがない」SUVを求めるのは当然と言うものだろう。

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