「ディスパッチより各ユニット、侵入盗進行中。現場はデイビス。対応可能なユニットは応答されたし」
「1-L-18、デイビスへ向かう」」
闇の帳が街を覆う頃、侵入盗の通報が911受理台に響く。
警察担当のオペレーターは通報者に落ち着いた声で話しかける。
「あなたから犯人は見えますか?」「どこか隠れるところはありますか?」「身を安全な所に潜めて、見つからないようにして」
オペレーターの任務は、一つは通報者から現場や状況に関する情報を得ること、もう一つは通報者の安全を確保する上での助言をすること。
その為には通報者には冷静になってもらいたい。
これを達成する最大の武器は落ち着いた声である。
彼らは、彼女らは、その声で初動対応と捜査を助け、人の命を救う。
「A-33、L-18を支援されたし」
ディスパッチは1-A-33に、ルクレール巡査を支援するよう指令を出した。
侵入盗は武装している可能性が高い、単独で対処するのは危険だ。
可能な限りバックアップを受け、集団で事態に対処すること。
今回に限らず多くの事件において、警察官が心すべきことである。
「L-18、Code 6」
「ディスパッチ了解」
現場は市南部の住宅地。
真っ当に生きようとする者にとって、ここは豊かさとは無縁の地区である。
この地区で金を持っているのは、ギャングや薬物の売人など、法令順守とは無縁の者ばかり。
善良な市民は、お世辞にも高いとは言えない賃金で一生懸命働き、自分を、家族を養っている。
良い教育や就業にありつけた少数者は、多少不動産価格が高くても安心して暮らせる街の北部へ移り住む。
せめてこの地区の慣習に縛られずに生きたい、それが自由ってものだろう。
だからルクレール巡査は警察官になった。
初任年収は
6万ドル近く、大した取り得もない高卒の彼にとっては上等すぎる給料と言える。
それと引き換えに命懸けで市民を守る・・・今はこの契約を果たす時だ。
「お巡りさん、来てくれてありがとう」
住人は安堵で緩んだ顔と目に涙を浮かべ、ルクレール巡査へ駆け寄ってきた。
この制服を見ただけで憎悪の感情が沸き起こる人もいるが、皆がそういうわけじゃない。
特に犯罪の被害者にとっては、自分を守ってくれる盾の証。
つい先ほどまで苛まれていた恐怖を解き、死の淵から引き上げる命綱なのだ。
「少し前に帰宅して鍵を開けようとしたの」
「そうしたら鍵が開いてたんです!壊されてて」
「最初は何がなんだか分からなかったけど、ドアを少し開けて除いて見たら…」
「家の中で誰かがゴソゴソと動いている音が聞こえたのよ」
「私怖くなっちゃって、すぐに逃げだして911に電話したんです。」
「私は1人暮らしだから、誰も家にいるはずがないのよ
お巡りさん、きっと誰かが家に入りこんだんだわ!」
「お願い、中を見てきて。私怖くてたまらわないわ」
「分かりました。応援の警察官がきたら、直ぐに中を確認します」
1人暮らしで、いるはずの無い人間の気配。
住民の恐怖は想像に難くない。
バックアップと合流してから屋内に進入して中を確認、不法侵入者がいれば逮捕する。
「A-33 Code 6」
応援が到着した。
これで中を捜索することができる。
ドアを開け、被害者の家屋内の捜索を開始。
ドアエントリーは、勢いよく踏みこむダイナミックエントリーにおいては、入り口付近で立ち止まらず一気に中に入る。
こっそりと入るステルスエントリーにおいては、なるべく物音を立てないように気をつける。
SWATでなくても、警察官なら覚えておくべき事柄だ。
中に入るが、人影らしきものは見当たらない。
手前から一つ一つのドアを開けて確認し、異常がないかを確認していく。
「警察だ!腹ばいになれ!両手を見せるんだ!早く!」
意外にもあっけなく侵入犯は見つかった。
一番手前のドア、洗面所の中に隠れていたのだ。
彼は逮捕に逆らうこともなく、ルクレール巡査の指示に従った。
警察官にとっては手強い相手ではない、だが被害者にとって彼は恐怖を与える存在だ。
捕まえることが出来て良かった。
「どうもありがとう、お巡りさん」
被疑者を逮捕して署に戻るルクレール巡査に、被害者はそう声をかけた。
警察官になって以来、人から感謝されたり褒めてもらうことを期待しているわけではない。
卒配後の訓練を担当した先任巡査がそう教えてくれたし、彼自身の経験からも身に染みていたからだ。
だが当たり前だが、感謝されて悪い気はしない。
被害者はホッとした様子だが、これからしばらくは大変だろう。
犯人が捕まったとは言え、不意に不安がよぎる事があるかもしれない。
犯罪の被害者になるとはそういうことだ。
侵入盗の被疑者は留置場に囚われの身となった。
これから地方検事補が公訴手続きを取るが、間違いなく大陪審は公訴を認めるだろうし、刑事裁判では有罪となるであろう。
侵入盗は
州刑法第459条、第460条及び第461条の定めにより一級侵入罪となり、州刑務所で2年、4年又は6年の懲役刑になる。
他人の家に侵入したことに対する、州刑法からの返礼だ。
今回もまた、ルクレール巡査は6万ドルの契約を守ることができた。
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